短大時代のフランス語

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高卒での就職を希望していた両親を裏切り?晴れて「女子大生(短大生)」になりました。

実は、私が進学したのは国文科でした。

語学と言えば語学ですが、日本語ですよね。

かなりの人から「フランス語学科」とか「仏文学科」の出身だと思われるんですが、全く違います

なぜ国文科だったのかを説明すると長くなるので割愛しますが、そんな国文科においてのフランス語学習とはどんなものだったのか。

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目次

国文科でのフランス語の授業

結論から言うと、めちゃくちゃ楽しかったです!

1年目のクラスは40名ほどでした。

このクラスは選択科目なので、国文科以外の学科の生徒も一緒になります。

先生は、日本人の男性でした。(お名前もいまだに覚えています)

年代は、40代後半から50代前半くらいと思われました。

落ち着いていて、一見フランス語が話せるようには見えない印象でした。

いい意味にで地味というか・・・w

テキストは、白水社の『フランス語21』というものでした。(今も大切に保管してあります)

現行版はデザインが少し変わっているようです。

この他にも白水社さんから出版されているフランス語は、特に入門〜初級の方にはおすすめの参考書です!

私も、このコレクションフランス語シリーズは、数冊持っていました。

フランス留学から帰国時に、現地の日本人の方へ譲ってしまいましたが、こちらのシリーズで私は仏検3級合格しました。

では、こちらのテキストを使っての授業内容はというと、「会話中心」でした。

忘れもしない、私が最初に話したフランス語は「Bonjour」です。

当時はまだカセットテープでしたが、テキストに付属しているカセットテープを聴きながら、初対面での挨拶が最初の授業でした。

難しい文法については全く触れず、とにかくテープを真似して生徒全員で声を出していたのを覚えています。

気がつけば、クラスで1番

「会話中心」の授業でしたので「je」が「自分」、「vous」が「あなた」とか、そう言ったことは一切説明はありませんでした。

テキストのイラストのシチュエーションから学んだ感じですね。

(白水社さんのテキストは、イラストがたくさんあるのでイメージしやすいのが特徴です!)

頭で考えるより、感じろ!的な雰囲気でしたが、これが私にはとても合っていたようです。

気がついたら、クラスで成績1番になっていました。

とにかく、会話がとても楽しかったのです。

主語・述語・動詞の構文などは意識せず、テキストの例文を自分に置き換えて会話をしました。

1日の行動を説明するシチュエーションなら、起きる「時間」だけを自分が本当に起きた時間に変える。

発音とかイントネーションとかも気にせず、とにかく話す。

そんな授業でした。

ちょっとサボりました

バタバタだった1年があっという間に終わると、2年目は必須科目も少なくなりようやく好きな選択科目を取得できるようになりました。

もちろん、2年目も迷わずフランス語を取りました。

すると、1年目は40名ほどいた生徒が、2年目はなんと2人

先生と合わせても3人!(当たり前かw)

ひとり休めば完全な個人レッスンとなります(笑)

さらに授業は18時からの6限。

フランス語がある曜日は、午前に1コマ授業があるのみという、とんでもないスケジュールでした。

かなり空き時間があることと、大学が家から1時間くらいでしたので、一旦帰宅することもありました。

しかし、一旦帰宅するとまた出るのが億劫で、結構サボりました(笑)

それでも選択したくらいですから、やっぱりフランス語が好きだったんですね。

そして、2年目は生徒が2人しかいなかったということもあり、テキストというよりも教材ビデオを観せてもらいました。

フランスの高校生の1日や、地下鉄の乗り方。

遊園地での遊び方、蚤の市での買い物・・・

パリの街並みやフランス人の生活を垣間見れて、そこで初めて「フランスへの憧れ」が生まれたんです。

たまにある個人レッスンは、90分おしゃべりテイムでした。

先生のフランス留学時代の失敗談や、フランス人の友達の話などを聞かせてもらいました。

そして、ちょうどその頃、ある1本の映画を観たのです。

運命を変えた1本の映画

ある時知り合いが、なんでかわかりませんが突然「観たら?」と1本の映画を貸してくれました。(ビデオカセットですw)

それは、有名なフランス映画だったのですが、当時の私は何も知らずに観ました。

そもそも、その知り合いも私がフランス語を勉強していると知らなかったのです。

映画の内容は(当時のウブな私には)衝撃的でしたが、なんと言うか・・・3日くらい余韻が残っていました

なんか気になる、なんかひっかかる・・・これは一体なんだろう?そう悶々と考えたのです。

そして、考えて出た答えが「この映画が”フランス語”だったからだ!」でした。

もしこの映画が英語だったら、恐らく余韻は残らなかったと思います。

私は、あの不思議なフランス語のイントネーションに、すっかり魅了されてしまったのです。

そして、こんな映画を私も訳したい!と思い、フランス映画の字幕翻訳者になろうと思ったのです。

世の中は「氷河期」と呼ばれる時代でした。

私は、このままフランス語の勉強を続けたいと強く思うようになり、勉強のために「就職」することは望みませんでした。

映画の字幕翻訳者になるためにはどうしたらいいのかわかりませんでしたが、とにかく就職はしないことにしたと親にも説明しました。

運良く親も、慌てて就職する必要もないとのことでしたので、この時から一切就職活動は行いませんでした。

学校側にも説明し、フランス語の先生にもいろいろ相談に乗ってもらいました。

卒業したらアルバイトしながらフランス語の学校に通うことにしたのですが、家の事情などもあり、結局卒業した年の暮れに就職しました。

ひょうんなきっかけでフランス語を知り、難しさを体験しようと選択した授業で成績トップになり、たまたま借りたフランス映画を観てフランス語の勉強を続けることになりました。

今振り返っても、まさかこんなきっかけだったなんて信じられません。

私にフランス語の楽しさも難しさも教えてくれた方々に、本当に感謝しています。

この後は、社会人をやりながらフランス語学習を続けていくことになります。

よかったら、続きを読んでくださいね。

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この記事を書いた人

フランス語学習歴30年とフランス留学経験もある「とにかくフランス語が大好き」な普通の日本人。
現在もコツコツと勉強を継続しながら、フランス語の面白さやフランスについて書いています。

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